賞味期限のない食材 2009/02/01 

今、つぎのエッセイの仕上げに取りかかっています。仮題ですが、『レシピのない料理集』といった感じで、書を閉じてキッチンに立ちたくなるような、そんな一冊にしたいと思います。今回のinfo.に書きましたが、みなさんもご一緒に、食の世界を自由に羽ばたく快楽に耽りましょう。

パリで暮らしはじめて食べた、ホワイト・アスパラのこと。それは美味しかったとか不味かったといった感想ではなく、驚きでした。熱々に湯気の立ったそれは、皮付きのまま大皿に盛られてテーブルに運ばれてきました。持っていったお金がなくなったら東京に帰ろうと、ごく軽い気持ちで訪れた私のパリ滞在の初日。ホワイト・アスパラは一本ずつ、厚く皮をむいて茹でると知ったのは、だいぶあとになってからでした。以来、市場に旬のホワイト・アスパラがならぶと条件反射のように私は、皮付きで出されたあの晩の光景を思い出すのでした。

まだまだあります、食べものが喚起する想像の世界。マルセイユの、旧港で食べたブイヤベースのこと。コルシカの海岸に張り出したお店で、かりかりに焼いたバゲットに塗って食べたルイユという、唐辛子のきいたにんにくマヨネーズのこと。拠点を東京に移してからしばらくは、パリから戻る私のトランクはフランス食材でいっぱいでしたが、それは長くはつづきませんでした。わが国で手に入りにくい食材を、自分で作る面白さを知ったからです。パリで取材したシャルキュトリーのご夫婦はどうしているかしらと思いながら、豚肉のパテを、美しいアルザスの町で会った人たちに思いを馳せながら、クグロフを焼きます。思い出という名の食材に、賞味期限はありません。美味しくて、お金のかからない趣味だとお思いになりませんか?