お約束のパンのお話 2011/7/1 

先々回の最後に「次回はパンのお話」と書きましたのに、乾燥こんにゃくを取り上げてしまってごめんなさい。それではこれから、パンのお話をしましょう。パリで暮らしはじめた70年代最後の年あたりのわが国で、棒パンがバゲットと呼ばれていたことを知っていた方が、はたしてどれほどいらしたでしょう。フランス語のア・ベ・セも、棒パンがバゲットだということも知らないほどフランスに縁がなかった私が、パリに20年いたのですから、人生っておもしろいです。

私のパリ生活のすべてが、あの日からスタートします。未明のオルリー空港に到着してから数時間後のあの朝、パリのパン屋さんの店先にならんでおりました。私の前にいた、白い袖なしのブラウスにジーンズの女性の足元をみたら、素足のまま茶色の革靴を履いていた。今でこそ素足で革靴もありですが、あのころは考えられませんでしたからね。そして順番がきたらどうしようかしらと、ドキドキでした。お米を研いで炊飯器にセットしておけば、いつでも美味しいご飯がいただける、わが国ならではの特権に気づいたのは、パリ暮らしに慣れ切ったずっと後です。それにいたしましても、パリに着いてすぐ食べたバゲットの美味しさへの感動が、私のパリ生活のはじまりでした。硬いパンではなくて、ふかふかの日本の食パンが食べたい、ふっくらご飯が食べたいと思ったとしたら、パリに長居は無用。翌月には、東京への帰国便に予約を入れたことでしょう。なにしろ、1年オープンの格安チケットでいってましたから。

やがてフランス人の、パンとワインとフロマージュにたいする思い入れがわかってきました。お皿に残ったソースの一滴を拭ったバゲットを口に放り込む、至福の表情の彼ら。料理とワインのあいだで、かならずバゲットをつまむ彼ら。そして食後のフロマージュのために、一切れのバゲットを大切に取っておくのを忘れない彼ら。炊き立ての白いご飯が大好きな、私たちとおなじようなものですね。それでは次回は、ワインについてお話ししましょう。