桜より藤にもとめたジャポネスク

2012/5/1 

ともすると桜パワーにかすみがちですが、藤はすごいです。印象派の画家たちを魅了し、ヨーロッパに浮世絵ブームを巻き起こした立役者は、桜ではなく藤。どこの藤がすごいかといって、亀戸天神が圧巻です。宇治の平等院とか、各地に名所は数ありますが、これぞ下町といった風情の亀戸の藤はどくとく。薄紫で淡く、楚々とした印象の花かと思うと大まちがいで、朱塗りの鳥居さまの内側の狭い空間に、これでもか、これでもかと藤がぎっしり詰まった様は、見事というほかありません。まるで大江戸を謳歌しているようで、そこだけシュール。贅沢禁止令のもとで、江戸の大店のご主人たちが羽織の裏に凝ったような、こっそり絢爛の異次元とでもいいましょうか。

亀戸天神の鳥居を入って正面左側に、『若福』という江戸懐石の老舗がございます。数日前、久しぶりにK社の編集さんとそちらにご一緒しました。肝心の藤は例年より大幅に遅いそうで今ひとつでしたが、過去なん度も観ているので大丈夫。ひっそり食事をしている私どもの席にまで、大島をきりりとお召しになったお美しい女将が来てくださったのには、とても恐縮いたしました。もともと美味しかったお料理が、女将のおかげでますます美味。とくに卵焼きが東京のそれで、絶品でした。

話を藤に戻します。帰り道、「アッ!」と、夜道で思わず手を叩いてしまいました。「そうだったのか。ジヴェルニーのモネが描いた、太鼓橋にかかる藤のイメージはあれだったんだわ!」。ワビやサビが、ゴッホやモネに通じたはずがありません。印象画の巨匠たちが実物を観ることなく、夢にまで描いたジャポネスクの真髄は、ステーキのように油っぽい、重く垂れさがる藤の花房が象徴する感性にちがいありません。彼らが愛したジャポニズムの正体がわかったのも、天神さまのご利益ですね。