軸足を固めて、まっとうに暮らそ!

2012/11/1 

地下鉄のキオスクの前で、しばらく立ち止まってしまいました。週刊誌の表紙はどれも「景気大失速」とか「未曾有の大不況」といった見出しばかりで、正直へきえきです。マスコミの不景気大合唱で、やたら恐怖心を煽られているようで、アホらしい気がしました。するとどこからともなく、フランス人のこんな声が聞こえてきたのでした。「不景気といっても、私がわるいわけではないもの」と。そうでした、ユーロに切り替わる前の、四半世紀も昔のことでした。低迷する経済を嘆くでもなく「オ・ラ・ラ!」を連発しながら、健気に生活をエンジョイしているマダムやムッシュの姿を思い出しました。これこそ私が得意なフランス人の、「お金がなくても平気」の真意にちがいありません。

「この物価の高いパリでお金をかけずに、みんなが楽しそうにしているのはなぜかしら」が私に課せられた命題でした。拙著のタイトルで「お金がなくても平気」をうたっておりますが、その裏には様々な光景がございます。たとえば、お財布の中味をじっと眺めて、買わない主義に徹するパリっ子たちがおります。「ママはけちん坊だから、パン・オ・ショコラを買ってくれないんだよ」といった男の子が食べていた、縦に割ったバゲットに安い板チョコを挟んだだけの、自家製バゲット・オ・ショコラに私の幼い娘が投げかけた、羨望の眼差しが忘れられません。一般家庭に招かれて訪れたディナーの席では、供されるワインのラベルを話題にするのはご法度。ワインはみんなで美味しくいただいてこそのもので、それ以上でも以下でもありません。ラベルが語るお金の世界とは無縁なところで、自宅でのおもてなしの宴が盛り上がります。お金が匂う高級レストランでは、もちろんそうはいきません。奢る側の男性に渡されるメニューやワイン・リストにだけ、お値段が明記されているところが気障ですね。山あり谷ありがつきものの経済情勢に一喜一憂して、私たちの貴重な人生が踊らされてどうします。私たちは軸足をしっかり固めて、安くて美味しいワインで、さあ乾杯!