忙しくても、目をつぶればパリがある

2014/3/1 

長かった冬が終わり、待ちに待った春です。四季に番狂わせがないのはわかっていても、今年の寒さは尋常ではなかったですね。でも苦あれば楽ありで、春の訪れがことのほか嬉しく感じられます。そうなると、なにもかもハッピーな気分になるから不思議。1192年のはずの鎌倉幕府が1185年だなんて、石川淳の『焼け跡のイエス』って……。本を読んでもわからなかったことが、すうっと雲が晴れたように「ああ、そうだったのか」といった具合。肩が背中がと、痛いところはだれもが同じとあきらめて、頭はフル回転。読みたい本は手当たり次第、観そこなっていた映画もDVDになってくれているおかげで見放題。3.11のあの感傷が、気持ちをわずかに短絡的に押し上げてくれさえします。そして最近のGSで、こんな話題が珍しくありません。「ようやく自由になれたので、パリ暮らしが現実のものになるかも」がそれです。

想像するだけでも、いいじゃありませんか。目をつぶればそこに、パリの朝市の光景が広がります。「ニンジンを食べると優しくなれるよ!」の掛け声も高らかに、青い作業着の八百屋さんがいます。閉店時間になると、ショーケースが見事なほど空っぽになる人気のパン屋さんがあります。新じゃがと若鶏の熱々のローストと、大きなレタスとアネモネの花束を買って、あなたが石畳の坂道を歩いているではありませんか。借りているのが一週間だけでも、今のあなたは紛れもなくパリジェンヌ。階段を昇り、開けにくいのが欠点のドアの鍵を鍵穴に差し込んでいるあなた。ほんの少しだけ力を入れて、持ち上げながら押すようにすればいいんだわと、鍵の癖を覚えたあなたがいます。部屋に入って買い物籠を置いて、窓を開けると、どこからともなくエリック・サティが聴こえてくるではありませんか。空のペットボトルを半分に切って、花瓶に仕立ててアネモネを活けましょう。お食事を終えたら、蚤の市へでも参りましようか。それとも、オルセー美術館で印象派にひたりますか? オルセーから歩いてデ・プレに出て、せっかくですからドゥ・マゴーでお茶しますか? ルイ14世の時代の、ラ・フォンテーヌという詩人がいってます。「人間はヒマなときに、ものを考える」とね。ヒマな時間は、長ければいいというものではありません。肝心なのは想像力ですから、わずか数分でも大丈夫。ものの三分もあれば東西南北、どこへでも飛翔。ところで、想像力の源はと聞かれたら…。やっぱり、読書ですかしら(笑)。