学園祭の打ち上げのようでした

2014/12/15 

GSラストの感謝dayに私がえがいていた予定が、いとも簡単に反故になりました。開店から終わりまで、小皿料理をお出ししよう思っていたメニューが霧散し、実現したのはクスクスとロースト・ビーフと野菜チップのサラダだけ。この日で幻になる焼きカレーやキッシュのご要望が多く、無料にする目論見が見事に外れました。ですから通常営業と宴会の間に、スタッフはどきどき。準備が大幅に遅れたので、お手伝いに来てくださっていたGS親派のみなさまのご心配いかばかりでしたかしらと(笑)。でも、過ぎてしまえば、すべてがオーライ。GSの日々が、この一日に凝縮されたようなものでした。ご注文いただいているお歳暮がございますので、通りに面した売り場の明かりは決して、ここ一週間ほどは奥の厨房で黙々と作業。生地を捏ねて、焼き型に流してをオーブンに入れて、お菓子製造フル稼働。大すきな時間ひとり占めで、心弾む日々が少しですが延長です。上記、山上憶良が高度な仮定法で、しがらみから抜け出せない人生を美しく歌い上げておりますが、放浪癖がある私は、自分に翼がなくてよかったと。ヘイテントクジュってフランス語ですかと聞かれましたが、GSにふさわしい幕引きだったような気がいたします。みなさま、どうもありがとうございました。このHPは不滅ですから、なにかございましたらこのアドレスにメールください。

阪田三吉の心境というのが、今の私の正直な気持です。ところがですね、阪田三吉といって分かる方は中高年でもごく少数派。演歌の村田英雄が歌った、『王将』のあれです。カラオケで聴くのはすきですが、歌うのが苦手な私。でも、演歌に漂う任侠っぽい心意気にはひかれます。軸足を固定して周りを眺めて、自分のことを考えて正直に文字に表現すると、それはシュールではなく、いやでも演歌になりますものね。 シャンソンにしてもカンツォーネにしても、それぞれの国では演歌だといわれる理由も、そこにあります。「いいんや、ちがう。シャンソンは演歌なんかじゃない」とおっしゃるなら、それはメロディーの問題です。古今東西、愛とか信頼とか人情といった心のコアな部分についての表出にちがいはありません。つまり、自民でも民主でも、共産でもどこでもいいから、政治も行政も私たちの願いは「納得させて」ですしね。ミステリーやホラーは本の世界限定にして、ずしっと納得の物語が書きたい。さっそくあれあれで、アプレGSが思いやられますわ(笑)。それでは、おうち忘年会を計画して、みんなで美味しいお酒を呑みましょう。