diary日 記 2020 / 06 / 01

字を書きたい、編み物をしたい

コロナの緊急宣言が解除になったことですし、飯田橋の外堀に浮かんだ<カナル・カフェ>の屋外デッキで友達と久しぶりに待ち合わせ。テーブルに片肘をつき、以前に訪れた両国橋近くの手芸ワークショップのことをぼんや思い出しておりました。「雄鶏社」という、手芸に特化したいい出版社がございました。過去形になってしまったのは残念ですが、元経営者一族の方がフリーで、今でもその道の編集を手掛けていらっしゃいます。ご近所仲間でもある彼女に誘われて、出かけて行ったときのことです。主催は世界一の刺繍糸と定評がある、DMC社の日本法人。フランスの北東部、今や高級菓子のトップ・パティシエさんを多く輩出していることで知られるアルザス地方はミュルーズという美しい町に本社があり、そこはなんと英国よりだいぶ遅れたものの、フランスの産業革命発祥の地でもあるんです。「刺繍糸はDMCじゃなきゃダメなのよ。この色も艶も、DMCだからなのよね」が口癖だった母のことまで思い出します。それもございまして、その日のワークショップにはきっと、私と同年配のベテラン手芸家さんたちがお集りにちがいないと、勝手に決めつけておりました。ところが会場に入って、私の予想は大ハズレ。私たち世代どころか、ワークショップの主役は私の娘世代の趣味のいい女性たちでした。並んだ作品にはどれも個性がほとばしり、会場の雰囲気にとても好感が持てました。古いお稽古ごとにありがちな、括りとはまったく無縁。どれも縛りがなく、伸びやかさを感じさせる作品ばかりでした。ほとんど足を踏み入れたことがなかった、墨田区寄りの両国橋界隈まで気に入り、会場を出てから、せっかく来たのですからお茶でもと、気の利いたお店を探してまたびっくり。ワークショップにいらした、年のころなら三〇代後半とおぼしき女性がおひとりで、会場で配られたパンフレットを開いて、コーヒーを飲んでいらっしゃいました。遠目で眺めた彼女の凛としたお姿に、手芸新世代の空気を嗅ぎとった私はルンルン気分でした。

取れたボタンはクリーニング屋さんでつけてもらい、どこかが破れた服は捨てるが主流の時代だからこそ、手芸に惹かれる方たちが素敵です。編み物も刺繍も、手芸はすでにジェンダーフリーですから男性も大歓迎。両国のワークショップのことを思い出していた私の視界に、大いなる驚きの次なる光景が飛び込んできたのでした。派手な色に染めた前髪を左手で抑え、右手に持ったボールペンでノートに女子大生風の彼女がやたらと速く字を書きまくっているではありませんか。iPadやスマホのキーボードをいくらすさまじく叩かれても今さらといった感じですが、ボールペンの早書き女子に私の瞳は釘付け。目が点になってしまい、約束していた友人の到着に気がつかなかったほどでした。そうか、手芸とペン字か…。ひと針ひと針の刺繍も、編み棒も編針も、ボールペンまでがいとおしい。アナログな魅力を実感できたのは、コロナのせめてもの副産物かも。そうですよ、ペスト、コレラ、スペイン風邪のたびに地球人たちはさまざまな思いに捉われたわけですね。それに今回は、政治不信のおまけつき。みなさん、次の選挙には行きましょうね。